なつぞら「三田茜」のモデル大田朱美の人生

なつぞら 2019_なつぞら

NHKの朝ドラ「なつぞら」で渡辺麻友さん演じる「三田茜」。

三田茜のモデル・ヒントになったのはアニメータの大田朱美です。三田茜の直接のモデルになったわけではなくキャラ設定に影響を与えた人物のようです。

大田朱美は東映動画に就職して動画や原画を担当しました。同僚の宮﨑駿としりあって結婚しました。

大田朱美の半生を紹介します。

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大田朱美のおいたち

昭和13年(1938年)、兵庫県で生まれました。

父は版画家の大田耕士。

東京都立豊多摩高校を卒業後、助詞美術大学短期大学部に進学しました。

東映動画に入社

短大を卒業後、東映動画に入社。アニメーターになりました。

昭和33年(1958年)公開の日本初の長編ルカラーアニメーション「白蛇伝」で動画を担当しました。

その後、
少年猿飛佐助
西遊記 
安寿と厨子王丸
アラビアンナイト シンドバッドの冒険
わんぱく王子の大蛇退治 

を担当。

昭和40(1965年)。「ガリバーの宇宙旅行」で原画を担当しました。

10月。後輩のアニメーター宮﨑駿と結婚。宮﨑姓になります。

昭和42(1967年)。長男・宮﨑吾朗を出産。
昭和45(1970年)。次男・宮﨑敬介を出産。

東映動画にかぎらず当時の日本企業では女性は結婚すると会社を辞めなければいけないのが当たり前でした。しかし同僚の奥山玲子が結婚・出産後も会社に残って仕事をしていました。宮崎朱美も会社に残ってアニメーターの仕事をしました。

太陽の王子 ホルスの大冒険
長靴をはいた猫
空飛ぶゆうれい船
どうぶつ宝島
アリババと40匹の盗賊
ながぐつ三銃士

などを担当しました。

夫・宮﨑駿が大塚康生に誘われて退社。高畑勲、小田部羊一とともにAプロジェクト(シンエイ動画)に移籍しました。Aプロジェクトは夜も働く職場でした。育児のため駿からは会社を辞めるように勧められます。朱美も家事と育児の両立は無理と考えるようになります。

昭和47(1972年)。魔犬ライナー0011変身せよ!を最後に東映動画を退職しました。

東映動画を退職後

その後は育児に専念しました。しかし退職は朱美の本心ではなく後悔が残ったといいます。

結婚後に出版した書籍などでは「宮」ではなく「宮朱美」の名で発表しています。

財団法人「トトロのふるさと財団」で非常勤の理事を努めました。この財団は自然保護を行う団体です。埼玉県と東京都の境にある狭山丘陵が「となりのトトロ」に登場する風景のモデルのひとつとされたことから、宮﨑駿の許可をもらって山林などの自然保護運動にトトロの名前を使うことになったのです。2011年には財団は「公益財団法人トトロのふるさと基金」に組織変更しました。それによって公益財団法人の評議員になりました。

 

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