NHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)「虎に翼」では猪爪寅子の父・直言(演:岡部たかし)が逮捕される事件が起こります。
ドラマの中では「共亜事件」と呼ばれ、世間を騒がす大事件になってしまいます。
ドラマの共亜事件とはどういう事件でしょうか?
そしてドラマの事件のもとになった出来事が現実社会でもありました。それが帝人事件です。
ドラマ「虎に翼」の「共亜事件」とモデルになった「帝人事件」について紹介します。
ドラマ「虎に翼」の共亜事件
猪爪寅子の父・直言は帝都銀行に勤めるエリート銀行員。
帝都銀行経理一課課長・猪爪直言は贈収賄の容疑で逮捕され、猪爪家が検察によって家宅捜索を受けてしまいます。
共亜紡績の株価が上がるのがわかっていて、不正に得た利益が政治家や財界の大物にばらまかれた。というのです。
この事件では共亜紡績の重役、大蔵省の官僚、現役の大臣など16人が逮捕されました。その影響で内閣が総辞職。帝都銀行もその事件に関わっているというのです。
直言は贈賄にはかかわっていません。一緒に逮捕された銀行の高井理事たちは検察の過酷な尋問に耐えかね、少しでも罪を軽くしてもらおうと嘘の自白をするよう勧められます。そうすれば大臣たちは釈放され、自分たちの家族もこれ以上苦しむことはないというのです。そして直言自身も検察の尋問に耐えられず嘘の自白をして罪を被ってしまいます。
寅子の父・直言は有罪になってしまうのでしょうか?
モデルになった帝人事件とは?
ドラマの共亜事件にはモデルになった事件があります。それが昭和9年に起きた帝人事件です。
事件のいきさつ
昭和9年(1934年)。商社の鈴木商店が倒産。鈴木商店が持っていた帝人(帝国人造絹絲株式会社)の株が担保として台湾銀行に移りました。帝人の株は人気があったので様々な人が買おうとしました。
このとき元鈴木商店の金子直吉が帝人株11万株の買い戻しに成功しました。金子直吉は鳩山一郎や番町会という政財界人のグループとも付き合いのある人物です。
この後、帝人は増資を決めたり業績が好調だったので株価が大きく値上がりました。
すると「金子直吉や財界人の不正があったのではないか?」と時事新報が報道。それをきっかけに大汚職事件として世間の話題になりました。
急に疑惑の人になり、マスメディアに辞任か?と騒がれた鳩山一郎は嫌気がして文部大臣を辞任しました。
大量の逮捕者が出て内閣総辞職
その後、帝人社長、台湾銀行頭取、商工大臣、鉄道大臣、政財界の大物・永野護、大蔵省の次官、大蔵省銀行局長、課長たち16人が起訴されました。
世間では政府への批判が高まり、その影響で斎藤内閣が総辞職に追い込まれます。
逮捕された人たちは200日も勾留されましたたが。いくら捜査をしても汚職の証拠がみつかりません。賄賂の証拠になる株式もみつかりません。ただ法的に問題のない商取引があっただけでした。
裁判
昭和10年(1935年)。裁判が行われました。裁判長は藤井五一郎。石田和外は左陪審としてこの裁判に関わりました。
被告は全員、罪を否認。裁判所は被告の無罪を認めました。
水中に月影を掬(きく)するが如し
石田和外はこの裁判で判決文をまとめあげました。
その判決文の中で「水中に月影を掬(きく)するが如し」と言って検察を避難。
つまり、水面に写った月を笏ですくい上げるようなもの。実際にはないものを無理やり捕まえようとしているのだ。と例え話を出して事件は検察のでっちあげだと批判。石田和外はこの裁判で注目されました。
陰謀劇?
この事件を「帝人事件」といいます。
内閣を潰すため枢密院副議長の平沼騏一郎が仕掛けたものといわれます。
でもそれだけでなく。
鳩山一郎たちが所属する派閥の内部争い。
機会があれば政敵を倒そうとする政治家達。
売上を上げるためにろくな取材をせずいい加減な記事を発表する新聞社。
ずさんな捜査、強引な取り調べで罪を確定さようとする検察。
とにかく金持ちや政治家が悪いと決めつける世論。
様々な人達の思惑が動いて大騒動に発展したようです。
現在はどうでしょうか?今でも似たような騒動はあります。あなたがテレビで見ている事件もらこうした人達の思惑で動かされているものかも。とくにテレビやマスコミがヒステリックに騒いでいる事件は怪しいと思ったほうがいいですね。
独立を貫いた裁判官たち
金子直吉と鳩山一郎は関係がある。だから怪しい。と思うのは人間の感情かも知れません。
でも「怪しい」だけでは人を罰することはできません。怪しいというなら証拠が必要です。証拠がないから隠しているのだ有罪だ。無罪と言うなら無罪を証明しろ。というのはたたの陰謀論です。
法の世界では有罪だと言う方が有罪を証明しないといけません。
でも検察は有罪と判断するために必要な証拠を集めることができませんでした。それでも強引に罪を作り上げようとしました。
裁判は劇場とは違います。感情論で有罪にしていたら冤罪だらけになってしまいます。
当時は検察に気兼ねする裁判官もいましたが。裁判長の藤井五一郎、左陪審の石田和外たちは周囲の様々な雑音に惑わされず、260回もの公判を重ねて中立的な立場で判決を下しました。そうした裁判官たちの結論を得て、判決文を書いたのが石田和外です。
裁判官が従うのは法と証拠。検察や政治家の思惑、マスコミや世間の意見からは独立した存在であろうとしたのが石田和外たちでした。
このとき注目された石田和外はドラマ「虎に翼」では桂場等一郎がその役割を担当しています。
三淵嘉子の父との関係
現実の帝人事件では三淵嘉子(当時は武藤嘉子)の父・武藤貞雄は起訴されていません。
でも武藤貞雄は台湾銀行の社員でした。シンガポールやニューヨーク支店長もつとめ、このときは東京で勤務しています。
その台湾銀行の頭取が逮捕されたのですから、台湾銀行の関係者にも疑惑の目が向けられ。誹謗中傷も受けたかも知れません。
でも大物政治家の争いがもとで起きた騒動ですから、いち銀行員でどうにかなる問題ではありません。そもそも贈収賄の罪は検察のでっち上げ。銀行員には関係ありません。
武藤貞雄にとっては関係のない出来事だったかも知れませんが。でも自分の銀行が騒動の中心になって大変な思いをしたのでしょうね。もちろん、三淵嘉子も関わっていません。
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